大阪高等裁判所 昭和47年(行コ)1号 判決 1975年9月30日
控訴人(附帯被控訴人)
西淀川税務署長
北川新次郎
控訴人
大阪国税局長
山内宏
右両名指定代理人
陶山博生
外四名
被控訴人(附帯控訴人)
尾名浅治郎
右訴訟代理人
長山享
主文
一、本件各控訴及び附帯控訴を棄却する。
二、控訴費用は控訴人西淀川税務署長(附帯被控訴人)及び控訴人大阪国税局長の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実《省略》
理由
第一、第二<省略>
第三、本件重加算税の賦課決定処分の取消を求める請求について。
一<証拠>によると、被控訴人は帳簿を一切つけておらず、確定申告に当つては西淀商工会に請求書(控)等の伝票類を持参して収支計算書を作成してもらい、これに基づき申告書に所要事項を記入してもらつていたが、前記脱漏分についての請求書(控)等の証ひよう類は一切持参しなかつたこと、株式会社初田製作所との取引は、材料の支給を受けてこれに加工する仕事(加工賃仕事)と材料の支給を受けないでする仕事の二通りがあり、請求書等の伝票類も二通りに分けられていて、その一方全部の売上を隠匿しても発見されにくいこと、本件脱漏は加工賃仕事の全部についてなされていること、岩本又五郎及び株式会社常磐商会との取引はいずれも一回限りであつて、隠匿が容易であつたことが認められるけれども、その反面、右証拠及び弁論の全趣旨によると、被控訴人方の経理事務を担当していた次男敏彦が昭和三七年六、七月ごろ交通事故で入院し、長期間治療を続けて、経理事務の処理ができなかつたため、伝票類の整理がつかず、散逸したものがあること、株式会社初田製作所との取引に関する伝票類は、控、納品書、受取書(納品に対する)、請求書の四枚重ねの帳面になつていて納品書、受取書、請求書の三枚を切り離した後の控は帳面のまま被控訴人方に残る仕組になつていて、被控訴人方ではこの控帳を西淀商工会に持参していたものであるが、控は一枚づつ別々になつているのではなく、二通りの取引ごとに一冊綴りになつているのだから、右取引の一方の控え綴り全部を一緒に紛失することもあり得ること、その他の脱漏分については故意に隠匿を企てる程の額ではないことが認められるので、前記事実があるからといつて、未だ被控訴人において故意に売上を隠ぺいしたと迄は断定し難く、他に被控訴人が前記脱漏にかかる売上を故意に隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて確定申告書を作成提出したとまで認めるに足る証拠はない。
したがつて、本件重加算税の賦課決定処分は旧通則法六八条所定の要件を欠いてなされた違法なものといわざるを得ないから、取消を免れない。
二そうであるところ、控訴人西淀川税務署長は、仮定的に本件重加算税賦課決定処分の取消請求は過少申告加算税額四万五、一五〇円の範囲内では訴をもつて取消を求める法律上の利益がなく、同処分はこれを超える部分についてのみ取消さるべきである旨主張するが、(被控訴人はこれに対し時機に遅れた攻撃防禦方法であるとして却下を求めているが、右主張故に新たな証拠調を要するものではなく、訴訟の完結をこれがために特に遅延せしめるものではないから、理由がない。)その趣旨は本件重加算税賦課決定処分は過少申告加算税賦課決定処分を含むものであるから、本訴において、違法として右処分を取消したとしても再処分(過少申告加算税賦課決定処分)は前処分(本件重加算税賦課決定処分に含まれた過少申告加算税賦課決定処分)と同一内容になる筈であるから、その限度では訴をもつて取消を求める法律上の利益がないというにあると解せられる。そうして重加算税は過少申告とか無申告とかの単純な申告義務違反に対する税法上の秩序罰負担を内包するものであること、更正等により納付することとなつた税額に対しては総べて過少申告加算税を課することが基本原則であること、加算税はその額の計算の基礎となる税額の属する税目の国税(本件では所得税)であることは右控訴人の主張どうりであるけれども、そのことの故に本件重加算税賦課決定処分に過少申告加算税賦課決定処分が当然含まれているとの前提を採ること自体賛成できない。あく迄も両者は別異の処分として扱うべきである。本件加算税賦課決定処分は重加算税としては税額が確定しているけれども過少申告加算税としては税額が確定しておらず、内容不特定であるから、本件重加算税賦課決定処分にこのような内容不特定の過少申告加算税賦課決定処分がなされているとみることは到底できない。したがつて、同処分があつたことを前提とする右控訴人の主張は、既にこの点において失当であるのみならず、本件重加算税賦課決定処分の取消判決後の日付で過少申告加算税賦課決定処分がなされること即ち不利益処分がそれだけ時間的におくれることによつて法的利益を受ける場合があるし、被控訴人は本訴において右重加算税賦課決定処分の基礎となる税額(したがつて過少申告加算税額についても)を争つているから、本件重加算税賦課決定処分の過少申告加算税額相当額部分についてもなお取消を求める法律上の利益があるということができる。右控訴人の挙示する最高昭和三八年(オ)第八三五号同四〇年二月五日第二小法廷判決は本件と事案を異にし、本件には適切でない。
第四、本件裁決の取消を求める請求について。
一本件裁決が審査法二二条に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について。
被控訴人は昭和三九年五月二〇日本件審査手続において控訴人大阪国税局長に対し、本件更正処分をした控訴人西淀川税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、控訴人大阪国税局長は同年六月四日、同控訴人においては控訴人西淀川税務署長に対し弁明書の提出要求をしておらず、従つてその提出もないことを理由に右請求に応じることを拒否したことは当事者間に争いがない。
被控訴人は、審査庁が審査請求を受けた場合、請求が不適法な場合或は請求を全部認容する場合等特別の事由のある場合以外は、請求の当否についての判断を適正に行うために処分庁に対し弁明書の提出を求めて弁明をきくとともに、その副本を審査請求人に送付してその弁明内容を知らせこれに反論の機会を与えてその争点を整理もしくは確定することを義務づけられている旨主張するところ、なるほどそのようにして審査手続を進めれば、審査庁は処分庁が処分をしたことについての弁明を明確な形で知ることができるうえ、審査請求人に対しその弁明内容ひいては処分の理由を知らせることはその権利救済の見地からみて有益であるには違いないが、しかしいかなる手続に従つて審査を行うかは法律の定めるところによるのであり、そもそも現行の行政不服審査制度の下における審査手続は同じく国民の権利救済のための制度といつても裁判所のような第三者機関が当事者の参与した対審的構造の下に慎重に進める訴訟手続などとは異なり、処分庁の一上級行政庁にすぎない審査庁が主宰する簡易迅速な手続による権利救済を目的としているに過ぎず、しかもその審理方式は対審的構造を加味しているとはいえ職権主義を基調としたものであること等を考えると、審査庁自らにおいて弁明書の提出を求めなくてもその他の資料によつて事案の争点が充分明確に把握でき、裁決をするのに何らの支障がないと判断したような場合までも含めて常に審査庁において、処分庁に対し弁明書の提出を求めその提出を得た後審査請求人にその副本を送付しこれに対する反論を待つたうえでないと審査手続が進められないものと迄は解し難く、審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるか否かはその裁量に委ねられているというべきである。そしてこのことは同法条の明文上からも明らかである。また同法は審査請求人の審査庁に対する弁明書副本送付請求権についても何らふれるところがないから、審査請求人から弁明書副本の送付請求があれば審査庁としては常に必ず処分庁に対し弁明書の提出を求め、その提出を得てその副本を審査請求人に送付すべき義務があるものとも解されない。
従つて本件審査手続において審査庁である控訴人大阪国税局長が被控訴人からの弁明書副本送付請求に対し処分庁である控訴人西淀川税務署長に対し弁明書の提出を求めておらず、従つてその提出のない故をもつてこれに応じられないとした処置には違法はなく、被控訴人のこの点の主張は失当である。
二本件裁決が審査法三三条二項に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について。
被控訴人は昭和三九年五月二〇日本件審査手続において審査庁である控訴人大阪国税局長に対し審査法三三条二項の規定に基づき本件更正処分の理由となつた事実を証する書類等の閲覧を求めたところ、同控訴人は同年六月四日わずかに被控訴人の本件更正処分に対する異議申立書及び申告所得税課税台帳(写)の二通の閲覧を許したのみでその他の書類等の閲覧は許さなかつたこと、閲覧を許可された右書類のうち前者は被控訴人自身が作成したものであり、後者は課税処分の結果を記載したものにすぎず、いずれも被控訴人においてこれを閲覧してみたところで、本件更正処分の理由を知るうえで無意味であつたことについては当事者間に争いがない。
ところで、審査法三三条二項が審査請求人または参加人に対し閲覧請求権を付与している対象物件は処分庁から提出されたすべての書類、物件ではなく、このうち当該処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件のみを指称するものと解せられるところ、本件処分の理由となつた事実は被控訴人の取引先に対する売上金額について、確定申告に脱漏があつたこと及び脱漏が被控訴人の故意による隠ぺいの結果であるという事実であるから、本件審査手続において審査請求人である被控訴人が閲覧請求権を有したのはこれらの事実を証する書類その他の物件に限られるということができる。
而して控訴人大阪国税局長が閲覧を拒否した書類としては被控訴人からの閲覧請求当時処分庁から送付のあつた本件所得調査書があつたこと、右所得調査書中には被控訴人の取引先に対する反面調査結果の記載があり、この部分は閲覧請求の対象となる本件更正処分の理由となつた事実を証する書類に該当すること、右閲覧拒否の理由は同控訴人において右調査書の閲覧を拒むについて正当な理由があると判断したからであることは同控訴人のいずれも自認するところである。また<証拠>によると、本件所得調査書には、調査担当税務職員らが上司から受けた指示、調査技術、方法などが混然と記載されていること、右取引先の中には本件処分の理由となつた被控訴人の売上脱漏分に当る取引先の株式会社初田製作所、初田工業株式会社、岩本又五郎及び株式会社常磐商会が含まれていること、取引先以外のその他の第三者の調査結果としては某会社での採聞事項およびそれに基づいて某信用金庫に照会した回答事項が記載されていることが認められ、これに反する証拠はない。
そこで、同控訴人が本件所得調査書の閲覧を拒否するについて正当な理由があつたかどうかについて判断を進めてみる。
同控訴人が閲覧拒否の正当理由として主張するところは、要するに、閲覧請求にかかる書類等が取引先その他の第三者の個人的秘密又は行政上の秘密にかかわるときは公務員の守秘義務(国家公務員法一〇〇条一項)などとの関連において常に閲覧拒否の正当理由がある場合にあたると解すべきこと、同控訴人において、かりに被控訴人の請求に応じて本件所得調査書の閲覧を許せば、どのような取引先がどのような調査に応じたかということ、その調査に対する応答の仕方、態度、更に取引先の経理方法などが被控訴人に知られることのあるのは勿論のこと、当該取引先が税務当局に対し被控訴人との取引関係を明らかにしたため、被控訴人の申告所得が過少であることが分り、これを理由に本件処分がなされたことが被控訴人に明らかとなる結果、爾後被控訴人との取引関係の円滑を害されるおそれがあるのみならず、一般に調査に応じた取引先においてもこの点を懸念し、調査に応じる場合においても調査に応じたことを他にもらさないことを条件としてこれに協力することがしばしばであるのが実情であり、それ故右の取引先が調査に応じたこと及び調査に際しいかなる資料を提供したかということは調査に応じた取引先にとつて保護すべき個人的秘密であること、加えて本件所得調査書には取引先以外の第三者たるG社での採聞事項、H信用金庫に対する照会事項など個人的秘密が記載されていること、こうした個人的秘密を開示することは、資料、情報の収集源を失うことになり税務行政上支障を来たすこと、その他税務調査技術等に関する行政上の秘密事項の記載もあり、而も本件所得調査書にはこれら取引先及びその他の第三者の個人的秘密に関する事項と行政上の秘密事項とが混然として記載され、分離不可能であるというにある。
ところで、同控訴人のいう「取引先の個人的秘密」は法律の保護すべき個人(又は法人)の秘密には当らないと一概に云い去ることはできない。蓋し、一般に企業が内部の秘密を他に漏らしたくない根拠は主に営業上の利益を守るためであり、斯る営業上の利益は法的保護に値し、同控訴人のいう特定の取引先と円滑な取引を続けるという利益も営業上の利益のひとつということができるからである。そうして国公法一〇〇条一項は、公務員は職務上知り得た秘密(個人的秘密及び行政上の秘密)を他に漏らしてはならないといういわゆる守秘義務を規定しているけれども、個人的秘密について、法律の定める限られた者に対し、法律の手続に従つてこれを開示すること迄も絶対的に禁止しているものとは解せられない。したがつて、公務員が職務上知り得た個人の秘密だからといつて、それだけで常に審査法三三条二項の閲覧拒否の正当理由があるというわけにはいかない。閲覧拒否の正当理由があるというためには、単に審査庁が主観的抽象的に第三者らの利益を害するおそれがあると認めるだけでは足りず、客観的具体的にみてそのようなおそれが認められなければならないと解すべきである。そうでないと、審査庁の裁決に対する客観性が保たれず、一般の信頼を失う結果を招来し、また、取引先その他の第三者の調査に対する協力が得られなくなり、結局税務官庁のこうした自発的資料の収集、情報源を失い、税務行政上支障を来たし、公平な課税が図れず、公益を害するに至るおそれがあるからである。
<証拠>によれば、被控訴人は前記取引先の下請をしていたものであり、被控訴人にとつてこれら取引先はいずれも主要な取引先で、これを失うことは被控訴人にとつて甚だしい損失を被ることになることが認められ、これに反する証拠はない。したがつて被控訴人が本件所得調査書の閲覧によつて、右取引先が税務当局の反面調査に応じたこと、その調査の結果被控訴人の過少申告が発覚し、本件処分を受けるに至つたことを知つたとしても、感情的に心よく思わないことは免も角として、そのことの故に実際取引において、下請契約を拒んだり、契約の履行を怠るなどするおそれはないと認めるのが相当である。そうして他に税務職員が本件取引先の反面調査に当り、被控訴人に対し調査結果を漏らさないことを特に条件にしたなどの特段の事情の認められない本件においては、同控訴人において、本件所得調査書には取引先の個人的秘密事項の記載があるとしてその閲覧を拒否したことは正当な理由があつたとはいえない。
本件所得調査書には被控訴人の取引先以外の第三者に対する採聞事項及び照会事項の記載があること前認定のとおりであるけれども、国公法一〇〇条一項は個人的秘密に関するものについては、これを開示することが審査法三三条二項のような限定された者に対し、法律手続に従つてなされること迄も絶対的に否定しているものでないから右記載があるからといつて常に閲覧拒否の正当理由があるとはいえないこと、また閲覧拒否の正当理由の存否は客観的具体的に定められるべきこと前説示のとおりであるところ、本件所得調査書を被控訴人に閲覧させることによつて具体的に右第三者らの営業上その他の利益を害するおそれがあるとの点についての立証はない。したがつて控訴人が右第三者の個人的秘密事項の記載があることをもつて本件所得調査書の閲覧を拒否する正当理由があるというわけにはいかない。
同控訴人は、取引先その他の第三者の調査結果を開示しなければならないとすると、税務当局は資料、情報の収集源を失う結果をまねき税務行政上支障を来たす旨主張するが、叙上のように、抽象的に個人的秘密だからといつて常に閲覧許可すべきものだというのではなく、具体的個別的に閲覧拒否の正当理由があるか否かを判断するものであるから、本件の場合閲覧をさすべきだとしても他の場合必ずしも同様だとは限らないから、取引先その他の第三者による情報源を失う結果を招来することにはならず、右は単なる危惧にすぎない。
本件所得調査書には調査担当者において上司から受けた指示、調査技術方法などに関する事項が記載されていること前認定のとおりであり、これは国公法一〇〇条にいう公務員が職務上知り得た秘密のうち、行政上の秘密(同条二項の「職務上の秘密」と同義)に属する事項の記載であり、公益に関することであるから、これを他に漏らすことは厳に禁止されているといわなければならない。このような秘密を開示することは脱税方法を示唆することにもなりかねないことは容易に予想されることでもある。そうしてこのような行政上の秘密にわたる事項の記載文書であることは審査法三三条二項の閲覧拒否の正当理由がある場合に該当するといわざるを得ない。のみならず、右記載は本件処分の理由となつた事実を証するものでないことは明白であり、もともと閲覧に供する必要のないものでもある。
また、既に認定したところから明らかなように、本件所得調査書には被控訴人の取引先及びその他の第三者からの採証事項の外、行政上の秘密事項が混然と記載されていて、それぞれに分離することは困難であるけれども、本来閲覧拒否のできない取引先その他の第三者からの採証事項の記載部分までも閲覧を拒否することは違法の誹を免れない。このような場合は行政上の秘密にわたる事項の記載部分に紙を貼付して隠し、できれは消除するなりしてその他の部分を閲覧させればよいわけである。尤も当審証人辻本勇の証言によると、本件所得調査書の場合、右のような便法を講ずることが困難であることが窺われないものではないけれども、<証拠>に照らしてみると未だ絶対的に右のような措置を講じ得ないものではなく、工夫如何によつては或程度可能であると認められる。のみならず所得調査書は審査法三三条による閲覧の対象とされることも当然予定される書類であるから、もともと記載方法を工夫し、分離可能のようにしておくべきものである。それをしていないからといつて審査請求人に不利益を強いる筋合はない。
したがつて、同控訴人が行政上の秘密にかかわる記載が他の記載部分と混然一体となつて分離困難であるとの故をもつて、本件所得調査書のすべての部分にわたり閲覧を拒否する正当理由があるというわけにはいかない。
三被控訴人において本件裁決の取消を求めることは信義則に反するとの主張について。
以上控訴人大阪国税局長のなした本件所得調査書の閲覧拒否は審査法三三条二項に違反するというべきところ、同控訴人は、被控訴人において本件裁決を違法として取消を求めることは信義則に反し許されない旨主張し、その理由とするところは、要するに、①被控訴人は本件更正処分のあつた前後ごろには既に右処分の理由を十分知つていて、審査請求中も不誠実な態度で終始し、真剣に右処分を争う意思がなく、本件所得調査書の閲覧をしなくとも攻撃防禦に支障は生じなかつたこと、②原処分とこれを維持した裁決との取消を同時に求めている場合に原処分の取消請求を棄却すべき場合には、かりに裁決に違法があつても信義則上取消を不相当とする特段の事情があるもので、裁決を取消すべきではないというにある。そうして原審(第一、二回)における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は本件更正処分のあつた前後ごろには前示株式会社初田製作所外三件の取引先に対する売上金の一部又は全部の脱漏が控訴人西淀川税務署長配下の職員によつて発見されたことを知つていたことが認められないわけではないが、だからといつて本件所得調査書を閲覧しなくても格別被控訴人の攻撃防禦を講ずるに支障はなかつたと迄は認め難く、また被控訴人が審査請求中も不誠実な態度に終始したとして挙示するような事実があつたからといつて、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に照らすと、被控訴人がそのような態度に出たことにも必ずしも無理からぬところがないとはいえず、一方的にこれをもつて右処分を真剣に争う意思がなかつたとまで断定するわけにはいかない。右②については、本件は原処分(更正処分及び重加算税賦課決定処分)とこれを維持した裁決との双方の取消を同時に求めている場合であり、このような訴において、原処分の取消請求を棄却すべき場合に審査決定(裁決)の理由附記の不備のような形式的瑕疵による違法があつても、これを理由に審査決定を取消すべきではないとすること判例ではあるが(最高昭和三六年(オ)第四〇九号事件同三七年一二月二六日第二小法廷判決参照)、本件においては、これと異り、被控訴人はあく迄も真剣に原処分の内容を争つているものであり、原処分中重加算賦課決定処分の取消請求は認容すべきものであるし、本件で主張する裁決の違法は単なる形式的瑕疵にすきないものではないから、右主張のような本件裁決の取消を不相当とする特段の事情があるともいえないし、被控訴人において信義則上取消請求をすることを許さないものだともいえない。本判決で本件更正処分の取消請求を棄却しても控訴人大阪国税局長は、本件所得調査書を改めて被控訴人に閲覧させることによつて被控訴人から新たな攻撃防禦方法が提出されることもあり得るから、これを併せて検討するなどした上で本件更正処分を違法として取消すことに支障はないから、本件裁決取消の法律上の利益は当然にある。
四本件裁決には取消すべき程の重大な違法はないとの主張について。
控訴人大阪国税局長は、仮に本件裁決に審査法三三条二項に違反するところがあるとしても、被控訴人の攻撃防禦に影響はないから、本件裁決を取消す程の重大な違法があるとはいえない旨主張するが、たとえ被控訴人が本件更正処分当時処分の理由となつた事実を知悉していたからといつて、本件所得調査書を閲覧せしめなくとも、その攻撃防禦に影響がないと迄は認め難い。尤も審査法による審査手続は司法手続における弁論主義と異なり、職権探知主義が主軸をなしていることは同控訴人主張のとおりであり、審査庁は納税義務者の取引先に対する反面調査結果などにつき、公益的、公平な立場からみて、些少の不審や疑念の余地があるならば、職権をもつてでも直接審査請求人を審尋するなどして、(場合によつては職権によつて参考人の陳述を徴し、鑑定、物件の提出要求をする。)その点を判然させ得るから、実体的真実発見の可能性に欠くるところはなく、審査庁のこの職権審尋などは審査請求人において右調査結果を閲覧した場合に提出が予想される攻撃防禦方法に代替することができ得ないとはいえない。しかし実際の問題として、審査庁が右調査結果につき些少なりとも不審や疑念をもつというためには審査請求人の指摘や、申立によらなければならない場合が多いであろうし、そのためには審査請求人において右調査結果を閲覧し、その内容を知る必要があるといわなければならない。したがつて本件の場合所得調査を被控訴人に閲覧させなくとも本件処分の理由たる事実を知つていることを根拠に、その攻撃防禦に支障はなかつたと迄断定することはできないから、同控訴人の右主張は失当である。
五なお被控訴人は、審査手続は事後審査手続であるから、審査請求の審理にあつては原処分時における資料のみに基づいて原処分の適否を判断すべきであるのに、控訴人大阪国税局長は自ら調査する等の方法で収集した資料をも加えてこれに基づいて本件裁決をしたことは違法であると主張するが、審査手続を事後審査手続だと断定することは本末転倒の論であつて、審査法二六条ないし三〇条等の規定に照らし、被控訴人の右主張は明らかに失当である。
第五結論
そうだとすると、被控訴人西淀川税務署長に対する本件重加算税賦課決定処分の取消請求及び控訴人大阪国税局長に対する本件裁決の取消請求は何れも理由があるから、これを認容し、その余の請求は失当として棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、被控訴人の右請求を認容した部分の取消を求める本件控訴及び右請求を棄却した部分(但し当審において減縮)の取消を求める本件附帯控訴はいずれも失当であるから、棄却することとし、民訴法八九条、九三条、九五条を適用し、主文のとおり判決する。
(増田幸次郎 仲西二郎 三井喜彦)
別表第一
過少申告加算税の計算
摘要
金額(円)
備考
①
所得金額
三、五九九、二八二
控訴人が更正した所得金額
②
①の税額
九二三、〇二〇
①に対する本税
③
申告税額
二〇、〇〇〇
④
差引税額
九〇三、〇二〇
三五条二項により納付すべき税額
⑤
過少申告加算税
四五、一五〇
九〇三、〇〇〇×〇、〇五=四五、一五〇
⑥
合計税額
九六八、一七〇
③+④+⑤
註、重加算税の計算
九〇三、〇〇〇×〇、三=二七〇、九〇〇(円)
別表第二
①
控訴人西淀川税務署長主張の総所得金額
三、九四七、四九九円
②
雇人山本外二名に対する支払給料
三四四、〇〇〇円
③
岩本に対する売上計上減額分
三八五、六七五円
④
被控訴人主張の総所得金額
①-(②+③)
三、二一七、八二四円
⑤
当事者間に争いのない所得控除額
四三〇、四五九円
⑥
被控訴人主張の課税所得金額
④-⑤(一〇〇円未満切捨て)
二、七八七、三〇〇円
⑦
被控訴人主張の税額
⑥×〇、四(税率)-三四四、五〇〇(速算控除額)
七七〇、四二〇円